私がブログを始めた理由を書きます

アウトプット
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質問者
質問者

あおさんは、どうしてブログを始めたのですか?きっかけがあれば教えてください。

素敵な質問をいただきましたので、お答えしたいと思います。

▼本日のテーマ

〈私がブログを始めた理由〉

について綴りたいと思います。

2020.3.29に1記事目を投稿しました。それより前になりますが、ブログのスタートアッププログラムに参加するところからブログLIFEはスタートしました。

ブログ開始から約3か月が経過

51記事投稿という現在のスペックです。

なぜ?発信活動を始めたのか?

メッセージは何か?

この辺りについて深堀りしていきたいと思います。

▼こんな方におすすめします。

現状に不満はあるが我慢できないことはない。だけど、今の生活をこのまま続けるのか疑問がある。やりたいことがないわけではないけど、勇気が出ない。失敗が怖い。周りの目が気になる。

一つでも当てはまる人はぜひ、最後まで読んでいただければと思います。

私がブログを始めた理由

結論から言うと、人生でそれほど大切でないものを守っている自分が嫌だったからということになります。

詳しく解説していきますね。

悩みの原因は何か?

あお
あお

・現状に不満はあるが我慢できないことはない。

・今の生活をこのまま続けるのか疑問がある。

・やりたいことがないわけではないけど、勇気が出ない。

・失敗が怖い。

・周りの目が気になる。

これらの悩みの原因は何か?

プライド、見栄、傷つきたくない、自分さえ良ければ良い、人と違うのは良くない、周りからの目、優越感、不安、恐れ

といった人生でそれほど大切ではないものや気持ちを守るから生まれているということに気がつきました。

これから先の未来、この悩みをもつ多くの人に新たな選択肢をもってもらえるようなメッセージを届けていくと決めました!

人生でそれほど大切でないものを失わないように生きるより、自分の人生に意志をもって生きるという選択肢がある

それなりの毎日と漠然とした不安

学生時代はスポーツで

社会人になってからは仕事で

◆目の前のことに全力で取組む

◆目の前の子供たちを応援する

自分なりの信念をもち、生きてきた自信がありました。

集団や組織の中で、空気を読みながらある程度周りと協力しながら、うまくやる力も身につけてきました。

それなりの結果も手に入れてきました。

でも、頭の片隅にあるのは

あお
あお

本当にこれでいいのか?

これがやりたいことなのか?

という漠然とした不安な気持ちでした。

気がついたときには、幼い頃に自分がなりたくないと思っていたオトナになっていました。

なりたくないオトナ

社会人となり約10年間、仕事や環境は何度か変わりましたが一貫して

〈教育、コーチング〉

という分野で仕事をしてきました。目の前の子どもたちから学ぶことも多く、師匠は、子どもたちだなぁと感じることも多いです。

それと同時に、

組織の中でオトナを生きるということ

に息苦しさを感じたり、悩んだりすることが多くなってきました。

オトナはよくこのように言います!

ボロボ
ボロボ

友達とみんなと仲良くしましょうね。

ダパンダ
ダパンダ

時間を守りましょうね。

ボロボ
ボロボ

人の話を聞きましょうね。

ダパンダ
ダパンダ

人のせいにしたらだめだよ。

ボロボ
ボロボ

嘘はだめだよ。

でもオトナの世界ではこんなことがあります。

『考え方の違い、経験の違いが認められず、批判したり、嫌いな相手とは会話をしません』

『チャイムが鳴っても、切りのいいところまで学ぶ方が効果的だからと、終わるまで話をします』

『プライドを守るために、それが傷つきそうになると、見て見ぬふりをしたり、聞いたフリをします。』

『相手が悪い、環境が悪い、待遇が悪いと言います。』

『円滑に進めるために、質問があっても黙り、疑問があっても隠し、賛成ですと嘘をつきます。後で陰で文句や愚痴を言ったりします。』

子どもたちは、このオトナたち矛盾に気づいたうえで、オトナのいうことを聞いてくれています。私は、このようなオトナには絶対なりたくないと思っていました。

でも、今、このようなオトナとして生きてしまっていることに気づきました。

そんな自分が嫌になることがあります。

でも、それがオトナだからとあきらめることがあります。

組織の中で生きるということ

・経験を盾に偉そうにする

・何も言わないが正義

・周りの評価を気にするということ

・失敗してはいけないので、例年通りを繰り返すこと

・これら全てを、社会、組織、相手の責任であると思い込むこと

組織の中で生きることは、人生でそれほど大切でないものを大切にすることなのか?それを守りたいのか?と悩んでいます。

あお
あお

私は人生でそれほど大切ではない プライド、優越感、見栄、恥、不安、恐れ、周りからの目、評価を守るために頑張ってきたのか。それを失うことを恐れているか?周りと折り合いをつけながら、我慢して生きることがやりたいことなのか?

人一人の人生は泣けるほど素晴らしい

2020.1 私はYouTubeと出会いました!

2020.3 私はTwitterと出会いました!

2020.3 私はブログと出会いました!

知ってはいました。視聴者として関わってもいました。

今回はこれらのプラットフォーム内で発信されてる方の姿勢、生き方、在り方と出会ってしまいました。

私は、チャンネル登録100万人とかフォロワー数●万人という方の発信よりも

その方の背景、生き方、在り方、価値観に共感していくタイプです。

家庭環境、生育歴、性格、夢など

目に見えないところが大切だと感じています

YouTubeやTwitterで出会う一人の人の人生を考えたときに

泣けるほど素敵な物語で生きてる人が多いことに改めて気づいたり、自分の意志を貫く姿に感動したり、自分の思いをストレートに発信している姿に勇気をもらったりしています。

人一人の人生は泣けるほど素晴らしいということに気がつきました。そして、それは、自分の人生に置き換えてもいいんじゃないのかと考えるようになりました。

それと同時に、これまで自分が大切だと考えていた

人生でそれほど大切ではないものたちを守り、失うことを恐れていた自分に気がつくことができました!

人生でそれほど大切でないものを守るよりも自分の人生に意志をもって生きる

オンライン&オフラインでの出会いは

10年前の自分が信じ

10年間の毎日の中で忘れかけていた

大切なメッセージを思い出させてくれた

将来に対する漠然とした不安と

社会や組織の中で折り合いをつけることが正しいことであるという思い

この殻の中から飛び出す勇気がない

そんなちっぽけな気持ちを捨てても大丈夫なんだよ

そんな勇気をくれる出会いでした

そして私は決めました!

これから出会う人たちに

私もメッセージを送り続ける!

意志のある人を応援する!

教育やコーチングを通して、意志のある人を応援する!

だから私はブログを書きます!

だから私はTwitterで発信し続けます!

だから私は目の前にいる子どもたちを応援します!

だから私は学び続けます!

◆人生でそれほど大切でないものは捨ててしまう

◆人生でそれほど大切でないものは失っても大丈夫

◆自分の人生に意志をもって挑戦する

最後まで読んでいただきありがとうございました!

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